【序章】しょうもないQOLと死にたみ
院生は自らに激怒した。
必ず,かの邪智暴虐なる「死にたみ」を取り除かなければならぬと決意した。院生には政治がわからぬ。
院生は言うならば自主的な囚人である。論文を読み,Rを走らせエクセルに恋慕し暮して来た。けれども邪悪に対しては,人一倍に敏感であった。毎回,院生はコンクリートの要塞を出発し,野を越え山越え,千里はなれたあの街この街に深夜バスでやって来る。院生には彼女も,友達も無い。むしろ声をかけてくれる人すら無い。
(中略)
院生は腕に唸りをつけて「しょうもないQOL」を追求した。
「ありがとう,しょうもないQOLよ。」
皆同時に言い,ひしと抱き合い,それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
群衆の中からも,歔欷の声が聞えた。「死にたみ」は,群衆の背後から三人の様を,まじまじと見つめていたが,やがて静かに三人に近づき,顔をあからめて,こう言った。
「おまえらの望みは叶かなったぞ。おまえらは,わしの心に勝ったのだ。QOLとは,決して空虚な妄想ではなかった。どうか,わしも仲間に入れてくれまいか。どうか,わしの願いを聞き入れて,おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
どっと群衆の間に,歓声が起った。
「万歳,煩悩万歳。」
ひとりの少女が,レッドブルを院生に捧げた。院生は,まごついた。佳き友は,気をきかせて教えてやった。
「君は,まるで腐乱死体じゃないか。早くそのレッドブルを飲むがいい。この可愛い娘さんは,君の醜態を,皆に見られるのが,たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は,ひどく赤面した。